麻枝准の新作『Charlotte(シャーロット)』のタイトルの意味について

先日、『Angel Beats!』につづく麻枝准による完全新作アニメ『Charlotte』の制作が発表された。いまだ全貌の見えない同プロジェクトだが、この「シャーロット」というタイトルからいろいろと考えがふくらむので書き記しておきたい。

結論から言ってしまうと、これはロックバンド「ART-SCHOOL」の同名曲を参照していると見て間違いないだろう。「ART-SCHOOL」のボーカルは木下理樹、そう、『リトルバスターズ!』の主人公・直江理樹の参照元であり、『Angel Beats!』に登場したロック少女、岩沢が音楽に目覚めたきっかけになったバンドの名前も「サッドマシーン」(これも同バンドの曲名)と、麻枝准作品において際立って多くの固有名詞が引かれているのがこの「ART-SCHOOL」なのだ。

では、当の「シャーロット」とはいったいどのような曲なのだろうか。「サッドマシーン」はライブの定番曲のひとつだが、このように焦燥感あふれるオルタナティブ・ロックというのが同バンドの基本路線ではある。そんな中にあって「シャーロット」はライブで演奏されることは少ない、ミディアムテンポの憂いを帯びたナンバーだ。

この曲は木下理樹にとってとりわけパーソナルな、かつ大きな意味合いを持つ曲である。というのも、彼の亡くなった母親に捧げられている曲なのである。本人による日記がウェブ上に残されている。

俺の母親が死んでから、もう2年がたつ。
以前にも書いた事があるが、俺は18才から23才になるまで約5年間無職だった。
その間母親の仕送りで食っていた。
やっとプロミュージシャンになれる。というその時期の直前に母親が死んでしまった。
ART-SCHOOLの【シャーロット.e.p.】というアルバムを俺は母親へのレクイエムのつもりで作った。
それ以外に俺が出来ることは無かったからだ。

俺は葬式でも泣いていないはずだ。
生き残った者が出来る事は、毅然と、凛々しく見送ってあげる事しか無いからだ。
ただ、知らせを受けて警察に死体確認の為、行った時に、母親の顔を見て、俺はこらえきれずに一度だけ大声で泣いた。

今は運命だったんだなと思っている。
人はいつか死に、そして灰になる。
俺は自分の生涯を音楽に捧げると決めた。

木下理樹

DIARY OF MADMAN ~狂人日記~ 2003年12月21日 より
※現在はリンク切れ

これ以上を語る必要はないだろう。
問題にしたいのは、どのような曲であるかもおそらく知った上で、麻枝准がこのタイトルを新作のタイトルに借りてきたことの意味である。

これは完全に私見なのだが、先日公開されたPVにおどる言葉「一人の少年と一人の少女が出会うとき、その過酷な運命は動き出す」が、『AIR』のラストシーンで流れる言葉「彼らには過酷な日々を、そして僕らには始まりを」とシンクロしている気がしてならない。つまり『AIR』から手向けられた言葉が15年の月日を経ていま、新たに物語として結実しようとしているのを感じるのである。

これに「シャーロット」が「死んだ母親に捧げる歌」であることを加味すると何が見えてくるだろうか。『AIR』を「母親」とした「子」としての物語、つまり水平線の向こうに消えていったあの子供たちの物語なのではないかと、考えがふくらんでこないだろうか。自身の代表作であり、シナリオライター麻枝准」のイメージをいまだに決定付けている『AIR』を乗り越え、新たなステージへと向かう決意。そんなものが見え隠れするのである。

(これは『天体のメソッド』で明らかに『Kanon』を意識させるモチーフを盛り込みつつもその乗り越えを図った久弥直樹の動きともシンクロしていて、興味深い)

まずは続報が待たれますね。

 

追記(2015/10/11)

2015年10月10日発売、「月刊ニュータイプ」11月号のインタビューにて、麻枝氏ご自身の口から「ART-SCHOOLの同名曲から引用した」との旨の記述あり! 正式に元ネタであったことが判明しました。