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瞬間を閉じ込めた永遠――『ハイ☆スピード! -Free! Starting Days-』が京都アニメーションの最高傑作である理由

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『ハイ☆スピード! -Free! Starting Days-』(以下『ハイ☆スピード!』)は京都アニメーションの最高傑作である。いやアニメーションの歴史を塗り替える一作と言っても過言ではない。この稿を最後まで書き上げて、そのような確信に至っている。
 
まずは「京都アニメーション的」と言われるものが何であるかを明らかにしておく必要があるだろう。いろいろな切り口が考えられようが、私にとってそれは過去が「最も美しかった瞬間」として現前してくることである。これはKey作の「複数ヒロインを擁するマルチエンディングタイプのノベルゲーム(以下、ギャルゲー)」を原作とする『Kanon』(2006年)にその起源を見て取ることができる。
 
Kanon』というのは7年ぶりにかつて暮らした街に帰ってきた主人公が、置き去りにしてきたヒロインたちとの過去を想起しつつトラウマを解消していく物語だ。なかでも物語の根幹をなすヒロイン「月宮あゆ」と過ごした日々は毎回のアバンタイトルとして幻想的な夕暮れの情景とともに描写される。その「本当に起きたかもわからない、しかし圧倒的な存在感を持って立ち現れてくる」過去がやがて現在時制で展開する物語にリンクし、かつて交わした「約束」が清算される瞬間が作品のクライマックスだ。
 
TVシリーズ『Free!』『Free! -Eternal Summer-』においてもキャラクターの配置はギャルゲー的であった。それを最も体現していたのは凛で、彼は「遙に敗北した」という過去のトラウマに縛られた亡霊のごとき存在である(月宮あゆも実は7年前に転落事故に遭い意識不明の状態になっている生霊のような存在だった)。ギャルゲーの主人公に相当する遙は「ヒロイン」たる彼のトラウマを解消してやらねばならない(ただしその遙自身も問題を抱えている。遙は天才肌ゆえに「何が問題かわからない」ことこそが問題なのであり(記憶喪失に類似した状態)、これは『CLANNAD』における幻想世界のロボット=岡崎朋也に対応する)
 
「最も美しかった過去」は現在時制とまったく変わらぬ解像度で何度もリフレインする。その「美しさ」は水中に射し込む光線、その屈折が創り出す幻想のようなゆらめきとしてしばしば描写されてきた。水は過去と現在をつなぐ触媒として機能しており、過去に縛られた亡霊たちはその中をもがき泳いでいく。その全身を用いた運動そのものが、弁証法的に過去と現在の二項対立を止揚していくのだ。『CLANNAD』において展開された現実世界と幻想世界の往復、それは『中二病でも恋がしたい!』における妄想世界の具現化という形で継承を見せたが、そのスイッチングというのは(コメディ文脈のまさしく「妄想」であるがゆえに)いささか唐突であった。本シリーズにおいては水を仲立ちにすることでそのスイッチングが非常にシームレスに行われており、アニメーションが「動き」の芸術であることも踏まえてこの点は核心的といえる。
 
加えて『ハイ☆スピード!』は本編の完結後に制作が決定した、「そもそも語られなかったはずの前日譚」である。全編が過去という名の夢なのかもしれない。そうした感触にいやでも満ち満ちている。
 
そして何より「京アニシステム」ともいえる、過去作品におけるモチーフのリフレインだ。今作の監督である武本康弘の監督作品『氷菓』の桜舞う光景に始まり(かの作品ではクライマックスに位置付けられていたあのシークエンスから物語は幕を開ける)、とりわけ『AIR』『Kanon』『CLANNAD』からなる「Key三部作」からのリフレインが目を惹く。回想シーンのプレゼンスの高さが『Kanon』の質感を思わせるのはもちろんのこと、ロケ地(鳥取)を同じくする『AIR』の海岸線、砂浜で遊ぶ子供たち、神社、そして飛び立つ鳥。体育の授業のシーンとして、ひょっとすれば『CLANNAD』以来となるかもしれないバスケットボールの試合も描かれる。「京アニ」を追ってきた人なら前のめりになるシーンが必ずあるはずだ。
 
横道にそれるがここで強調しておきたいポイントがもうひとつ。新キャラクターである「桐嶋郁弥」がKeyの最新作であるアニメ『Charlotte』(制作はP.A.WORKS)の主人公・乙坂有宇に酷似しているのだ。
 
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乙坂有宇(『Charlotte』公式サイトより)
 
声優も同じ内山昂輝であることに加え、単語帳を使って勉強するシーンがあれば、劇中キャラで唯一mp3プレイヤーで音楽を嗜むシーンもある(『Charlotte』を視聴した方ならこの重大さがわかるはずだ)。しかし何と言っても最大のポイントは「弟キャラ」である点だろう。『Charlotte』における有宇は兄・隼翼の遅い登場によってクローズアップされることが少なかったが、有宇も郁弥も兄あってのキャラである(郁弥の兄・夏也が水泳部部長)。ここからはネタバレになるが、郁弥の抱える問題とは兄に突き放された(と彼が感じている)ことによる確執である。しかしそれは「もっと広い世界を見ろ、仲間を作れ」という弟の成長を願う兄の思いからであり、実際郁弥も遙たち同学年の水泳部員とお互いを認め合い「仲間」を得、兄ともまた素直に向き合うことができるようになる。夏也と隼翼の大きな違いは弟を思いながらも突き放していることである。隼翼は超能力を持つ弟たちが安全に暮らせるよう秘密裏に専用の学園まで作るなど、過保護の極みのような行動を取る(その結果として有宇は物語開始時点のような、増長した性格になってしまったともいえる)。郁弥は隼翼とともに暮らしていた頃の有宇がそのまま成長したかのようなキャラクター造型をしており(意固地でセンシティブな少年だ)、「もし隼翼がずっと有宇のそばにいて、範となるような存在でい続けてくれたら」……ひいては、「兄は弟に対してどのように振る舞うべきなのか」ということを、反面教師的に考えさせてもくれる。
 
『ハイ☆スピード!』は『Free!』の発端となった、遙が凛を打ち負かしてしまう「事件」までは描かずに終わる。新しい「最高」のチームになった四人の関係性は失われることが確定的であり、今回の新キャラである旭と郁弥、二人の気持ちになれば訳の分からぬ理由で水泳をやめてしまう(であろう)遙のことを殴り飛ばしたくもなる。しかし美しかった、ありえたかもしれない最高の瞬間を真空パックしてこの映画は終わるのだ。どんな前後の文脈もその美しさを損なうことはできない。アニメーションという「動き」の芸術が、無時間的であるがゆえの永遠なる美しさを現出させた、これは記念碑的作品である。
 
追記:「京都アニメーションの最高傑作」であることに関して付け加えておこう。TVシリーズ『Free!』『Free! -Eternal Summer-』は京アニ初の「女性向け」作品ということを強く打ち出した作品だった。写実的に描かれる男性の筋肉、「壁ドン」などのわかりやすく既存の女性向けコンテンツを意識した演出。特に前者においては監督の内海紘子の意向が強かったとのことだが*1武本康弘が監督を務める今作においてはそのような描写の印象はかぎりなく薄い。実際、観客の中には若い男性のグループもちらほら見受けられたのだが、彼らはおそらく「京都アニメーションの作品」を体系的に追っているようなファンなのだろう。「女性向け」というゾーニングがなされているにもかかわらず観にくるような男性客というのはいわば生えぬきの「京アニファン」とも言えるわけで、先に述べた過去作品からのモチーフが散見される作りになっているという点も、そういった人たちにしっかりと届けるものを作ろう、というスタッフの気持ちが込められているように感じられる。もちろん女性でかつ、ずっと「京都アニメーションの作品」を追い続けているファンの方もいるだろう。『ハイ☆スピード!』は「女性向け」でも「男性京アニファン」向けでもなく、本当の意味で「京アニファン」に向けられた作品なのだ。「京アニ最高傑作」と断言できるのは、このことにもよるのである。
 
 

*1:内海の監督としての「こだわり」については、以下の記事でも短くだが触れられている。

www.excite.co.jp